Fixedの悦楽」でご紹介させていただいた名古屋在の自転車愛好家Nさんから、初めてプロショップを訪れる方に、とアドバイスを寄せていただきました。
プロショップといえば、気難しそうな店主に横着な常連。初めての方には敷居が高いところです。
でも、仲良くなってしまえば高い技術と豊富なノウハウ、ハードソフト両面においてこれほど心強い所はありません。ただ、大変高価な品物を扱っていることもあり、一定のマナーがあることも事実。
ベテラン、常連も素直に耳を傾けてもらいたいことも数多く含まれる、大変示唆に富む一文です。ぜひ参考にしてください。

あなたが欲しいのは、『自転車という物体そのもの』ですか?
あなたが自転車に興味を持ったのは、どのようなきっかけだったのでしょう。
自転車にドップリ嵌っている友達に誘われた(あなたは彼が悪魔であったことを、後に知ることになるかもしれません)、彼(あるいは彼女)に誘われた、「腹の上のポニョ」が気になる、颯爽と走っているロードレーサーを格好良いと思ったなどなど、いろいろあるでしょう。あるいはガソリン価格が騰がったからとか、流行だからという理由かもしれません。
いずれにしても、あなたが自転車に興味を持ったのは『自転車という物体そのもの』に興味を持ったのではなく、「自転車に乗れば何か得られるものがあるかもしれない」という期待からではないでしょうか。
もちろん『自転車という物体そのもの』に興味を持って、乗りもしない自転車を何台も保有している人もいます。僕もその一人であることをあらかじめ懺悔しておきます。
でも今は『自転車という物体そのもの』に興味を持っている人でも、最初は「自転車を通じて何か得られるものがあるかもしれない」という期待から、自転車を始めたのではないかと僕は思っています。以下はこの前提で進めようと思います。

「自転車に乗れば何か得られるものがあるかもしれない」と考えたあなたには、まだ何も情報がありません。
そんなあなたは情報を得ようと、自転車関係の雑誌を読んだり、インターネットを見たりするでしょう。先達さんがいる方は、その先達さんに聞いたりもするでしょう。でも一番手っ取り早いのは、プロに聞くことです。プロとはこの場合、『スポーツ自転車に造詣の深い自転車店』のことです。
まずは自転車店との付き合い方について、アドバイスしてみたいと思います。これ以降、特に断りなく『自転車店』とあったら、その前に「スポーツ自転車に造詣の深く、良心的な」をつけて読んでください。またこれ以降は、ロードレーサーに限ってお話することにします。


自転車店は『自転車という物体そのもの』を売る場所ではない
「何を馬鹿な事を!自転車店が自転車を売らずに何を売るんだ」と言われる方がほとんどでしょう。しかしそれは短見というものです。以下にその理由を述べます。
○ロードレーサーは危険な乗り物である 
あなたがどんなに小柄な男性だったとしても、体重は50kgはあるでしょう。でもロードレーサーは現在10kgを切っているものばかりです。
そして少なくともあなたと自転車を合わせて60kgという重量を支えているタイヤは、幅が20mm程度しかないのです。
車、オートバイなどは、通常自重よりも軽い荷物を運ぶのですが、自転車は自重よりも重い荷物を運ぶ乗り物なのです。自転車とはその成り立ちから、危険な乗り物なのです。
そしてロードレーサーはちょっと油断すれば、60km/hくらいは簡単に出てしまいます。ロードレーサーに乗っているあなたの身を守るものは、あなたの自制心(本当はこれが一番大切なのですが)以外には、ヘルメットとグローブしかありません。
あなたは自重よりも重い荷物を運ぶという、そもそもが危険な成り立ちを持っているロードレーサーという乗り物に命を託しているのです。

『自転車店』はこのことを知っています。だからいわゆる完成車(業界では七分組みというらしいです)として納品された自転車でも、リムの振れ取りをし、ハブの回転具合を見、前後のホイールがまっすぐに取り付けられるかを確認するのです。
ホイールのトラブルは即事故につながります。そして変速が気持ちよく確実にできるよう、ブレーキが軽く引けるように、長すぎるワイヤーを切って調整し、ワイヤーにグリスを入れるのです。それ以外にも、ヘッドやBBの玉当たり調整が必要な場合もあります。完成車とは言うものの、実は未完成車の状態で『自転車店』に納品されるのです。
この作業は10万円程度の自転車でも、同じ手間がかかります。いやむしろ10万円程度のもののほうが、精度や材質が悪い分だけ、ひょっとしたら手間がかかるかもしれません。
でもそれを『自転車店』はやってくれているのです。それを忘れてはいけないと思います。それは『職人さんへの尊敬』と言って良いと思います
○プロの知識、技術、知恵
また自転車店のご主人や店員さん達はプロです。アマチュアが逆立ちしても敵わない知識、技術、知恵を持っています。
また自転車店にはいわゆる常連さんというお客さんがたむろしていることもあります。一見取っ付きが悪そうですが、一皮剥けばたいていは気の良いオヤジさん達です。
こういう人達は、自らが痛い目(怪我をして痛いだけではなく、財布にも痛い)をして身につけた『知恵』を持っています。それは雑誌やインターネットで得られる情報(=知識)とは質が違うもの、次元が違うものです。
これから自転車を始めようかと思っているあなたは、ご主人や店員さん、そしてこのオヤジさん達を利用しない手はありません。