そして雪の浦へ。雪の浦・・・なんと美しくも切なく懐かしい響きだろうか。心の奥底に深く眠っていた思いが・・・。学生時代何度もここに来たなぁ。懐かしさのあまり涙が溢れてきた。この延々と続くアップダウンもそのきつささえも懐かしい。海の向こうに小島が見える。夏のギラギラした陽射しが海面に輝いている。いつか来た道、いつか見た海、いつか感じた潮風の匂い。涙と汗がしたたり落ちる。25年前の汗が染みこんだ路面に。

 それにしてもこの登りは長い。ああそうか。思い出したぞ、黒崎の長い登りか。8%勾配が1km以上続く、あの登りか。その時である。前に一人のサイクリストが見えた。少しタレながら登っている。よし、私の走りを見せてやる。53T×16Tで25km/hぐらいでガンガン登っていく。「頑張れよ」。抜き去りざまに心の中でつぶやいた。彼に届いただろうか。不思議な親近感、いや限りない一体感を覚えたのである。背中に憧憬と驚きの視線を感じながらスパルタンにトルクをかけ自己陶酔に浸りながらストイックに登っていく。いつも同じようなことを三瀬峠の登り初めの橋の上でよくやる。「アタック・オン・ザ・ブリッジ」と自称しているが、仲間からはややひんしゅくを買っているらしい。そもそも私は筋力でトルクをかけて登ることに喜びを覚えるのである。私の行きつけの自転車屋のおやじは、私の顔を見るたびに、回せ回せと言うのであるが。
 ふと後ろを振り返ると、そこにはもう彼の姿はなかった。夏の日の幻影・・・。暑さのために頭がどうかなっていたのかも知れない。

 最高気温36度。アスファルトの路面の上は40度を遙かに超えている。幻影を見たとしても不思議ではない。ドッペルゲンガー? しかし私は確かに見たのである。今日もそして25年前のあの日も。

 西彼杵半島、大瀬戸町雪の浦、外海町黒崎。25年前も今も何一つ変わっていない。私は今も走り続ける。